選挙が終わって静かな日々…しかし、選挙自体が静かだと正直どうなんだろうか?

選挙が終わって静かな日々…しかし、選挙自体が静かだと正直どうなんだろうか?

あれから1週間が経つのか。

統一地方選…期間中は多くの陣営の選挙カーを目にしたし、そこから流れるアナウンスも結構な量だった。立候補した本人が喋ることもあるが、多くはウグイス(男性ならカラス)の声な訳で。

選挙カーからでなくても、拡声器(マイクを含む)を使うケースは多い。街頭演説もそう。自身の政策なり公約なりを訴えるのに必死という印象だ。

こういった行為に対して批判的な声は多い。「選挙カーがうるさい」という書き込みはインターネット上でかなり多く見られた。中には「(選挙カーでうるさくしている候補に)絶対に投票しない」という文面もあった。

確かに普段に無い声が連日のように聞かれるのだから、うるさいと思うこともあろう。しかし、選挙カーや拡声器の使用は本当に「無意味」なのだろうか?

さて今回、オイラが暮らす地域では「選挙カー不使用」と「街頭演説なし」を全面に掲げる候補者があった。結果的にこの候補者は落選したが、選挙カーに批判的な層にとっては響くものがあったようだ。

しかし、選挙カーを使わず、街頭演説もしないとなれば、後は何で訴えるのだろうか…この方はウェブサイトやSNSを利用していないようで、残されるのはポスターと選挙公報の2つだった。

この2つだけで、この候補者の人となりを見るのは難しく感じた。ただ、オイラにとっては判断材料が「2つ」であるが、ある層にとっては「1つ」もしくは「ゼロ」になることに気がついた。

それは、視覚障がいがある方だ。ポスターにしろ、選挙公報にしろ、目で見る情報が圧倒的に多い。介助者が事細かく読み上げるなりすれば情報を掴むことが出来るだろうが、そうでなければ情報を得にくい。

点字の選挙公報も作られるそうだが、点字を読める人の割合(識字率)は視覚障がい者の10%程度であるというデータが厚生労働省から発表されている。視覚に頼るだけでは、候補者の情報が全く届かない層があると言えそうだ。

そう考えると、うるさいと感じられても、選挙カーや街頭演説で使われる拡声器は有効な伝達手段になるのではないか? 音の情報は視覚障がい者にとって、結構大事だと思われる。

ご年配の層で特に見られるが、視覚障がいは無くても、読み書きが出来ない層もある。事実、身近にそういった方もある。その方にとっても、音の情報は重要と言えるだろう。

拡声器を使う選挙カーや街頭演説は「絶対悪」とも限らない。

勿論、有効な伝達手段であっても、使う場所や時間を考える必要がある。また、話す内容、スピード、口調も考えていけば、より響く層が出てくるかも知れない。当然ながら道路交通法も遵守でね。

要は、バランスの取り方が大事なんだろうなぁ。

余談だが、オイラは点字名刺を持ち歩いているが、それを黙って渡すことはしない。自らの口で挨拶をするし、名も名乗る。つまり、音の情報を合わせてはじめて機能する名刺と言えるだろう。

しかし、普段この周辺に現れないような候補者の選挙カーがやって来るのには少々不思議な感覚があった。「選挙だから来ました」的な感じ。オイラに限らず、多くの方が目や耳で感じ取っていると思うぞ。