噂を信じちゃいけないよと言われても信じるのが人の性なのかねぇ?

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人の意見に流されすぎると大変かもよ。

何かを思い切って買おうとしたり、初めての場所で行くお店を探そうとしたり…そのような時に役に立つかも知れないのが「口コミ」だ。井戸端会議もあれば、SNSや掲示板などもあるだろう。

その場の直感で上手くいくとか、逐一調べる時間が無いとか、失敗しても恐れないとかであれば、特に意見を求めることも無いだろうけど、ちょっとした「余裕」が出来ると頼ることもあるわなぁ。

口コミ…ねぇ。

オイラは頼ったり頼らなかったりだなぁ。井戸端会議はしないけど、口コミサイトやSNS、該当する品に関わるブログなどを見ることはある。

しかし、事後(つまり手にした後)で見ることもある。そこで初めて情報や評価を知るケースも間々あるなぁ。それでも、事後だから変に一喜一憂する訳でも無く。そう考えると、口コミに翻弄される方でも無いのだろう。

「個人の見解です」
「個人の感想です」
「個人の意見です」

…まぁ、そういうことだろうし、究極を言えば

「個人の勝手です」

かも知れないなぁ。

たとえ、口コミサイトで高評価だったとしても、合わないケースだってあるし、その逆だって十分にある。そりゃそうだ、万人に通用するってこと事態が難しい話だもん。

口コミなどで参考にすることってのは、例えば、利用している(しようとしている)品に重大な欠陥があるかどうかだったり、本当にその品に対する口コミであるかどうかだったりだなぁ。

時々あるもんなぁ、全くもって見当違いなものが。商品の口コミを…とあっても「外装(段ボール箱)が凹んでいた」とか「自分(購入者)がウッカリして型番を見間違えて注文した」とか。それで低評価とは浮かばれない。


錠剤タイプのサプリメントの広告ではこういう嘘もある訳だしさぁ。モザイクで隠れた「コンブチャクレンズ」は液体だぞ。口コミが本当に利用しようとしている品を指しているかどうかは十分に見ないとね。

しかし、時に口コミに完全に翻弄されている方もあるようで、それで当たりばかりを引いていれば良いけど、そうでも無いんじゃないかな?と思ったりする。

それより何より、口コミばかりを頼っていたら、自分自身で考えたり判断したりという力が鈍ってくるようにも思える…全く頼るなとは言わないけど、時には己を信じることも大事だぞ。

これもまた、情報化社会の「弊害」でもあるのかな。

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