無味乾燥ダイエット…オイラはそうならざるを得ないのか
- 2018.06.13
- ま、そう言うことか

例えば…だね、
「ダイエットをしたい」って考える時、その理由が「着たい服を着たいから」「憧れの人みたいになりたいから」「モテたいから」「チヤホヤされたいから」とか、あると思うんだ。
こういった言葉を聞くと、程度や結果がどれほどのものかはさておき、その人の明るい未来と言うか、前向きさってのを感じるよなぁ。ある意味で夢がある…そうありたいよなぁ。
オイラも実はダイエットが必要だと感じている。ただ、上述のような明るさや前向きさってのとは、どうもかけ離れているように思う。
「余り体重が増えると腰が痛くなるから」「ちょっと動くと息切れを起こすから」…まぁ、ふんわりとした夢がないと言うか現実的過ぎると言うか。勿論、それも大事な視点なんだけど、こんなので良いんだろうか。
で、ここ最近は「ダイエットの方法(手法)」についても、夢がないと言うか現実的過ぎる方向にシフトしている。前向きなことならまだ良いのだが、実際問題これじゃあ前向きにはなれんよなぁ、と。
その一例が「おやつ」だわ。
多くの場合「食べられる」っていう根底があって、おやつの量や回数を減らしたり、質を変えたりってやると思うんだ。何日間か我慢したら1日は自由に食べるとかね。
しかし、オイラの場合「食べられる」の根底がおかしな方向で崩れつつある。チョコレートや紅茶などのカフェイン含有物がアウトになり、取って代わるものが実はそこまで好きなものでは無くなったなぁ。
プリンやシュークリームなどは食べるには食べるけど、兎に角大好きって訳ではない。連続したら萎えるもんなぁ。アイスもある意味でそう。
あと、喉が弱くなって咳き込みやすいことから、うかつに食べられないものが増えた。ポテトチップスは最たるもの。煎餅やスナック菓子、クッキーなども咳を誘発しやすい。
喉の弱さは食べ物が詰まったり引っかかったり…の方向にもあるので、饅頭や大福、目の詰まったケーキなどは控える方向に。そんなことになっていくと、全てのおやつに対するイメージが悪くなるんだよなぁ。
それで食べられなくなる…ここ最近は、必死に足掻いても痛い目に遭うことが殆ど。もう諦めろってことか。控えるなんてレベルじゃなしに。理由も手法も重すぎるダイエットになりそうだ。
「痛い目に遭ったから口にしない」ってのは、場合によっては生命に関わることなので、継続しやすい一方で自分自身が揺らぎにくいんだろうけど、味気ないのは言うまでもないか。
事実、カフェイン含有物対応は数年間そうなっているし。
まぁ、手法の部分で言えば他にも色々あるけど、楽しみ要素がそれなりに削られることは間違いないだろう。苦行になるのも仕方なし。それでこそと思うべきか。悩ましいところだねぇ。
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