あの日手渡された一冊には何を記録し記憶していくべきなのか?

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急な話で動揺したよ。

2018年3月初めに、相方さんの知人で、オイラも1度だけお会いしたことのある方が亡くなられた。ここ暫くは病気療養中だったことも知らず、知らせを聞いた時には頭が真っ白になった。

後日行われたお通夜に相方さんが参列。大勢の参列者があったとのことで、その人柄が偲ばれるものとなったようだ。

その際、香典返しとしてカタログギフトが手渡されたようだ。しかし、これまで見てきたものとはかなり様相が違うものだった。ハードカバー仕様で、カタログにありがちな雑駁(ざっぱく)さが微塵も感じられない。

表紙をめくって事情が分かった。ページは全てクリアポケットになっていて、1面は2分割されている。そこに商品や利用方法など様々な案内の紙が挟まれている。

「お好きな商品をこの中から一点お選びください お選びいただいた後にはアルバムとしてお使いいただけます」

ハードカバー仕様だったのは、フォトアルバムとしての機能があったからだ。だから雑駁さが無い。選び終えた後も使えるというのは中々考えたものだ。

実は、今回亡くなられた方のパートナーの方が「写真」に関わる職業にある。また、息子さんも「写真」と関わりがある。どちらが選んだのかは分からないが、「らしい」「粋な」選択だったのには間違いない。

微笑ましくも悲しくなるじゃないか。

もっともカタログギフトなので、商品を1つ選ぶことに。少し時間はかかったが、商品の申し込みは完了した。残された冊子はカタログ部分を抜き取った後、アルバムとして使わせていただくことに。

改めて表紙を見てみた。

”Your kindness encouraged me.” (あなたの優しさが私を元気づけた)…オイラはあの方に何が出来ただろうか…そう考えると、1度しかお会い出来ず、お話も余り出来なかったことを本当に悔やむばかりだ。

むしろ、お会いした時はオイラが元気づけられたところがあったからなぁ。相方さんは何度かお会いしているのだが、やはり、表紙の一文を見てオイラと同じことを思っていたようだ。

早すぎだ、ホント…薄情だな、神とやらは。

ただ、ずっと悲しんでばかりいるのを望んでいるとは思えない。残された者は、心のどこかに留めておきつつ、日々を悔いなく生きることが大事なんだろうなぁ。

どうか安らかに…深謝。

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