♪ The Travelling Wilburys – Inside Out

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「ディランがノーベル文学賞受賞」

本人も予想しなかっただろうこれには驚きを隠せなかった。「文学賞」は小説家や(メロディーを伴わない)詩人などが選ばれるものだと思っていただけに、「歌手」であるボブ・ディランが受賞するとは夢にも思わなかった。

「平和賞」では無くって言うのもね。

長年「村上春樹さんをノーベル文学賞に」と掲げている方が「歌手なのに」と嘆いたのは分からなくも無い。ただ、そこには「詩」がある。闇雲に切り捨てるのも良くは無いのかも知れない。

選考する側の柔軟性だ見られる一件となったようだ。

さて、ボブ・ディラン…オイラが持つイメージは「孤高」「唯一無二」である。歌い方、詩や曲が持つ世界観など、そう簡単に真似出来ないし、そうもさせないところを感じている。

それ故、今回ご紹介の「トラヴェリング・ウィルベリーズ」への参加は意外過ぎるものだったよなぁ。覆面バンドとは言え「ディランがバンド」というのも想像出来ない世界だった。

元ビートルズのジョージ・ハリスン、ELO(エレクトリック・ライト・オーケストラ)のジェフ・リン、更に、ロイ・オービソンやトム・ペティといった「全員が主役級」のアーティストが名を連ねるバンドだったのだ。

よく参加したなぁ、ホント。

しかし、1stアルバムが発表されて間もなく、ロイ・オービソンが急死。2ndアルバムを出した後は目立った活動は無く自然消滅状態に。そして、ジョージ・ハリスンも他界してしまった。

正に伝説のバンドとも言えよう。

しかし、そんなバンドに参加しても、ボブ・ディランはボブ・ディランである。あの歌い方は、ソロとしてのボブ・ディランと全く変わらない。バンドのために何かを変えることはしない。

そのスタイルが自然にバンドに合っていく印象だ。他のメンバーも無理して合わせようとはしていない。個性を封じること無く、ひとつのまとまりと化しているのだ。

今回ご紹介の曲がその好例。

のっけから、ボブ・ディランのソロとしての楽曲だろ?と思ってしまう…が、見事にバンドの音になっている。歌うと言うより語りかけるといった感じ。何か不思議だ。

1960年代。「そんな歌なんて聴くんじゃありません」なんて言った世代がある。言われた世代もある。しかし、時代の流れと共に評価を強めて「ノーベル文学賞」をも受賞したボブ・ディラン。

賛否よりも驚きと共に迎え入れられた今回のニュース。当人が現在どのように考えているかは不明だが、上述の通り、これまでの実績を考えれば闇雲に切り捨てられるものでは無いだろう。