「ポケストップ」の問題から「平和とは何か」を考える

NO IMAGE

「ポケモンGO」、まだまだ人気があるねぇ。

違和感しか無いよねしかし、その一方で大きな問題も生じている。そのひとつに、アイテムなどが手に入る「ポケストップ」指定されている場所のうち、幾つかで「相応しくない」と思われる箇所があったのだ。

本日(2016年8月9日)に71回目の慰霊の日を迎える長崎の平和記念公園や、多くの犠牲者を出した日航機墜落事故の現場・御巣鷹山(おすたかやま)の慰霊の碑など。解除されたが、広島の平和記念公園もそうだった。

広島については解除後のインタビューで「こうしてゲームが出来ることこそ平和じゃないですか」とか「人が集うところだから解除は残念」とか答える若者があったが、違和感が大きく付いて回ったな。

広島や長崎は原爆の被害を受け、罪無き多くの犠牲者が出た。戦争とは何だったのだろうか、何故あのような酷い仕打ちを受けなければならなかったのか、後世に生きる者は何をすべきだろうか。

そのように考えると、慰霊と鎮魂の場で「ゲームが出来て平和」とか「人が集うところ」とか、安易に言えないと思うのね。何をする場所か?ってのを十分に理解出来ていないような。

御巣鷹山だってそうだろう。予想だにしない事故で多くの犠牲者が出て、遺族の方々にとっては辛く悲しい場所となっている。そこで「ポケモンGETだぜ」と言っている神経もどうなんだろうか。

有名な場所ってのは分かる。でも、それぞれの場所にどんな意味や目的が込められているのかはしっかり考えなければならない。抗議が起きたのも当然では無いだろうか。

今から5年前(2011年6月1日)、「ポケモンGO」が登場する前ではあるが、同様な考えをまとめた方があった。Eテレ『つくってあそぼ』で「ワクワクさん」を演じた、久保田雅人(くぼた まさと)さんである。

この日の久保田さんのブログには、広島平和記念公園の敷地内にある会館でイベントを行った際に考えたことが綴られていた。来場された方に感謝しつつも、複雑な思いがあったようだ。

全文はこちらをご覧いただくとして、一部を抜粋させていただく。

あの原爆の爆心地で、原爆資料館のすぐ横で、こんなイベントをやっていいのかとついつい考えてしまうのです。それが私の仕事とはいえ、ここでこんなことしていいのかと考えてしまうのです。そう考えてしまうこと自体が間違っているのでしょうか。でも、あの場所の歴史的意義を思うと、歴史学を学び、一時とはいえその道で生きていこうと考えていた私にとっては、どうしてもぬぐいきれない思いがあります。

(中略)

大勢の市民が憩いの場として、多くの学生さんが修学旅行でしょうか、訪れていました。そこでどうしても気になったのが、原爆ドームを背にして、笑顔で記念写真を撮ってる観光客の姿です、しかもピースサインをして。
私が考えすぎなのでしょうか。でも、あの場所の歴史を思えば、どうしても私には理解できない行動なのです。写真を撮るなとまでは言いませんが、あの姿は決していいものだとは私には思えないのです。

(中略)

戦争のことをどうのように伝えようとしてるのか、子供たちの教科書を見て疑問が生じます。どうしても悲惨な被害を受けたことが多く書かれてるような気がします。それは確かな事実ですが、「なぜ、そのような被害を一般国民が受けねばならなかったのか、そうならざる負えなかったのは、なぜか。」という部分が教科書の中では足りないような気がします。

歴史が私たち教えてくれるのは、過去の事実であり、私たちがとるべき未来の指針なのです。未来を志す者は、過去の事実をしっかり把握しなくてはいけないのです。

最初にこの全文を読んで、子ども達に楽しく工作を教える「ワクワクさん」ではなく、これからを見据え熱く語りかける「久保田雅人さん」の姿にハッとさせられるところがあった。

戦争について考える際、犠牲者数や惨状の写真など感覚的に分かりやすい部分ばかりが伝わる一方で、その真相を学んだり、そこから展望を導いたり…と言うのは、多少薄れてしまっている感もある。

それでは良くないと久保田さんは警鐘を鳴らしている。何故、その場があるのか、そこから何を考えるか…これが出来れば安易な行動は出来ないだろう。

今回の「ポケストップ」の件で、真っ先にこのブログを思い出した。「ピースサインで記念撮影」の箇所を「ポケストップでアイテムGET」と言う風に読み替えると、正にそうだと思えるだろう。

「ポケストップ」自体を否定する訳では無く、藪から棒に設置することへの疑念を挙げてみた。どんな場所であるかを考えれば、アイテムよりも大切なものに気づく場所だってある。

歴史的にどうこう…と言うのが無くても、単純にアイテムを貰って帰るだけと言うのも正直勿体無いようにも思う。少しそこで立ち止まって、その場所やそこに息づいたものに思いを馳せてみるのは如何だろうか。

PAGE TOP