「思考は現実化する(100%例外なく)」って話に違和感しか覚えない女

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この話、どのように受け止めるだろう?

しょーもない話だこと
先日、とあるブログで読んだ話。スクショもひとつ。その方は1年前、ある知り合いの方から松茸を貰ったんだそうな。その模様を某SNSで「まさに思考が現実化した瞬間」と書いたそうな。ふぅーん、そりゃそりゃ良かったですね。

しかし、その前の状況を見ると、いささか違和感が強まる。

ガメつさが存分に発揮されただけその当時、松茸が豊作だとTVで報じられたらしく、出向いた先のデイサービスセンターで、利用者に「松茸が食べられると良いですね」と言い続けていたそうな。すると、その場で松茸を貰ったのだ…と。

ふぅーん、それって「松茸が食べられると良いですね」って誰彼なく言い続けることによって、「あ、この人、松茸食べたいんだな」って思いになり、それが施設側のプレッシャーにもなって、あげざるを得なかったのかな…って思えたわ。

施設の職員さんからならアレだけど、これがデイサービスの利用者から…となると、物凄く嫌な話になってくる。利用者にとっては、かさむだろう出費も惜しいだろうし、取りに行く余裕も無いだろうしね。

「『松茸』と思い続けたら貰えた(希望が叶った)」とか仰っているが、このケースではちょっとそれとは違うんじゃないの? 例えば「『試験に合格する』って思い続けたら合格した」って言うのなら多少なり理解も出来るが。

ひょっとしたら「合格」のための行動を無意識に取れるようになっての結果かも知れないし、「合格」って言葉に自信を付けられてのものかも知れない。今回の松茸の件は同列で語る訳にも行かないだろう。

さて、思い続けたら現実のものになる…「思考が現実化する(100%確実に)」って言うのを売りとした心理学とやらがあるそうな。「フラクタル心理学」とか「TAW理論」とかがそうらしい。別に心理学会で認められてはいないようだが。

「フラクタル」…上手くは説明出来ないが、幾何学の用語であるのは知っている。これと「心理学」が組み合わさることにも疑問があるし、そこから何故「思考が現実化する(100%確実に)」って話になっていくのか謎だ。

先の方も、「フラクタル心理学」「TAW理論」を学んだとされるらしい。

「思考が現実化する(100%確実に)」ってのは、良い方向でも悪い方向でもそうだ…って言う話ですってよ。で、ちと調べると、早くに親を亡くしたのは「その方が親に早死にして欲しいと思った結果だ」と考えるっていう例があった。

これが本当に講座で教えられていたら恐ろしいよな。そう思うケースが全てじゃないだろうによ。もし、それを平然と言えるようであれば、その方の思考は「現実化」以前に「低下」なり「停止」なりしていることになろう。

何でも「思考」だけで進むってのは考えにくいんじゃないかね? 人の考えは十人十色だし、自然が不変って話ではない。そこで起きる事象は絶対じゃないし、細かく見れば1つの結末では留まらないってこともあるわな。

余談だけど、あれかね、世間を騒がせた「STAP細胞」の件も、フラクタル心理学やTAW理論に沿って、「STAP細胞はありまぁ~す」って言い続ければ良いのかね? 何でも「思考が現実化する(100%確実に)」なら。

整合性を求めるために無理な説明に終始するようであれば、その考え方や理論ってのはあっさり否定される。もう少し冷静な視点があれば、あの方も「現実化した」では無く「悪いことしたな」って思えるかもしれないね。

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