今だから言っておく、オイラが死んだ時はこう葬っておくれ

今だから言っておく、オイラが死んだ時はこう葬っておくれ

オイラがこの世を去ったら…葬式って要らんもんが多い気がするわ。

焼香とかねぇ…そんなんされてもなぁ…ってのが個人的にはある。先日参列した式で久々にやったんだが、妙に指にまとわりついて大変だった。煙たかったのもあるし。オイラの時には不必要なり。

数珠も無理に使わなくて結構。

実は2002年に執り行った母親の葬式ってのが、その形式だったんだよな。ただ「焼香は不要」と切り捨てはせず、「焼香をしたい方はどうぞ、したくない方はしなくて構いません」ってスタンス。

数珠も持ちたい方が持てば良い、お経を上げたい方はご自由に…そんな感じだった。「どうしても…」と言うのであれば妨げないけど、無理してやることは無いのですよ、と。

事実、菩提寺なんぞ無く、どこかの住職や神主、神父などを呼ぶこともせず、戒名とかも付けなかった。位牌はあったにはあったが何も彫られなかったし、墓石の戒名も当然ながら空欄。

「別に仏になる気も無いし(遺族側もそうする気は無いし)」ってこともあったからなぁ。我が家らしいと言えば、そうだよなぁ。

そもそも「通夜」「告別式」とは呼ばなくて、「前夜式」「お別れの会」だったもんな。献花こそしたが、故人は菊の花が嫌いだったから、白のカーネーションでやったと記憶。祭壇はカサブランカのみで作られた。

一応、葬儀場の司会の方によって進行していったが、読経とかの時間の代わりに「歓談」と言ってもイイだろう、列席者が思うように故人と過ごすってやり方を取った。

泣く者もあったが、昔話に花を咲かせ笑っている者もあった。要は故人を軸に集まった者が思い思いに過ごす時間だったのだ。

これ、故人がそれを望んでいた…と言うか、望んだ以上の式になったと思う。旅立つ前から、こう言う希望を出していて、どこまで出来るか分からないが、可能な限り叶えられたかとは思う。

式の後の声でも「いい式だった」と感激する方が多かった。

こう言った流れをベースに、オイラの式もお願いしたいところ。まぁ、本当のことを言うと、式も墓も必要無かったり…って思うのだが。葬式も直葬で良かったりする。

式に変にお金を使わず、残された者が役立つように使ってくださいよ、と。大した額は残せないと思うが。

さぁ、これらの要望は叶えてもらえるのだろうか? なぬっ? それは嫌だと!? こいつぁ困りましたな。「死人に口無し」って言葉もあるが、そこは大いに叶えてほしいんだけど。

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